2011年10月30日

母の一言 

ふぅ〜、やっと金曜日。明日は都合で出勤しますが、ちょっとのんびりモードです。

昨日はパチンコ・浪費・借金・家族との不仲という悪循環の頃のことを書いたのですが、どうしてそのループから抜け出せたのか。

わたしの場合、自分の居場所はパチンコ店ではなく自分の家であることにやっと気がついた、ということが一番大きいです。わかりにく表現ですみません。

実は今まで何度も書きかけてはやめたことなのですが、悪循環MAXの一時期、不眠症に陥り3ヶ月ほど仕事を休んだことがあります。

特にこれ、という原因があったわけではありません。その頃のわたしは、

「彼のことを家族は判ってくれない」
「会社はわたしの仕事を評価してくれない、こんなにがんばってるのに」
「家族との軋轢でこんなに悩んでいるのに彼は聞いてくれない」

・・・・・
と「くれない族(古ッッ)」よろしく不満ばかり抱えて悲劇のヒロインを演じていました。

唯一の逃げ場はパチンコ店。ギャンブル場独特の雰囲気、キラキラ輝く台やネオン。店に入ったとたん、たとえ負けようが、家や会社にいるよりは生き生きふるまえていました(脳内麻薬状態)。何も考えずにすみました。

家や会社では文字通り砂をかむような毎日。暗い顔をしているから同僚や友人もあまり近づかない。頼みの綱の彼氏は連絡がとれない(つき合いに大反対の両親のことで悩んでいましたが、彼の家でも奥さんに離婚を切り出したことで修羅場でした)。これからわたしの生活どうなっていくんだろう・・・と思うと、訳のわからない不安で、段々眠れなくなっていったのです。朝4時に起き出してベランダから下をずっと眺めたり、気がつくとカミソリを見つめていたり(死にたいわけではないのに)。

結局、激ヤセしたり体力がなくなったりでしばらく仕事を休みました。病休をとり、薬の力でやっと眠れるようになったわたしに、母は

「もう会社辞めてゆっくりしていいよ。いろいろ辛かっただろう。あんたたちの話も聞きもせずに、悪かったね」

とある日言いました。

妻子持ちという立場ながら、わたしの両親にきちんと挨拶に来た彼を玄関払いしてしまったことを悔やんでいたようです。反対するにしても、話ぐらいは聞いてやるべきだった、ということを言いました。そうではないのですが、両親は「自分たちが娘を不眠症になるまで追いつめてしまった」と悩んでいたようです。

それまでは結果主義だった両親。兄妹に比べ、できの悪かったわたしは、それでも両親の期待に応えるべく大学に入り、彼らが納得する程度の知名度のある会社にも入りました。

その両親がわたしの病休を境目に、すっかり穏やかになりました。わたし自身も、「会社に戻ったら、もう一度がんばってみよう。人のせいにせずにやれるだけやって、それでも上手くいかなかったら退社しよう。考え方を変えてみよう」と思ったとたん、憑き物が落ちたように気が楽になりました。

それからは「オバタリアン(古ッ)」「お局様」と言われようが、マイペースで仕事をやって、すっかり居心地のいい職場になりました。パチンコだけは自分のだらしなさ・金銭感覚のなさから、ネットで「借金は身を滅ぼす」「eXpachi Life」に出会うまでなかなか止められませんでしたが、現在に至り、家族との関係も良好です。母は毎日必ず「行ってらっしゃい、ご苦労様」「お帰り、お疲れ様」の言葉をかけてくれます。なかなか表現できないけれど、本当に感謝してます。

辛いとき、悲しいとき、物事が上手くいかないときは、自分のことしか考えられませんよね。わたしは時間はかかりましたが、「母の一言」が、悪循環から抜け出すきっかけを作ってくれました。とはいえまだマイナスからゼロへ向かっている途中ですが、いつかは来るはずの「完済日」。その日まで、できたらおつき合いいただければ嬉しいです。

三日にわたり、暗めのお話。クドクド長文を今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました♪

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Posted by A at 14:00